起稿:2024年2月28日~3月6日
脱稿:2024年3月8日
編集:2024年4月3日、18日、21日
【新MV、公開!】
2月26日、ついに発表になった新MV。
その日私は偶然仕事から早めに帰ることができたので、18時30分(日本時間)のプレミア公開に間に合った。
★YouTube動画:
『Dimash Qudaibergen – “When I’ve got you” OFFICIAL MV』
By Dimash Qudaibergen(公式) 2024/02/26
そして、7分47秒を、ほとんど悶絶しながら見ましたハイ(笑)
ディマシュ……ていうか、ディラキュラ伯爵、カッコよすぎ💖
(注:「ディラキュラ伯爵」というのは、とあるdearがインスタで、ドラキュラDraculaの綴りにディマシュDimashの"Di"を合成して、ディラキュラDiraculaと呼んでいたのを私が気に入って使っているだけなのです。
以下、ディマシュが演じる吸血鬼を「ディラキュラ伯爵」または「伯爵」と表記します。)
新MVは、「新MVキービジュアル公開」の時、弟のマンスール君が兄のインスタ投稿に「Клип просто(クリップはシンプル)」とコメントしていた通り、ストーリーもそんなに難しくなかったので、よかった🤣
新MVは、YouTubeプレミア公開の数時間前にイスタンブールで行われたディマシュの記者会見の席で、世界で最初に公開された。
以下は記者会見でのディマシュの挨拶の場面。
ディマシュ、トルコ語で挨拶したあと、うっすらちょびっと得意げな表情になるところが超カワイイ💕
この記者会見については別角度からの動画がたくさんあるのだが、「moon.kudaibergen_2」さんの一連の動画は、ディマシュを誰よりも美しく撮影していた。
この人の写真や動画の投稿には、いつも本当に驚かされる。
写真であれば何百枚も連続撮影した中に数枚が美しく撮れたという可能性もあるが、これは動画なので一発勝負だ。機材のレベルも高いが、それよりもむしろ彼女の「いつでもディマシュを特別美しく撮影する」という状態は、彼女の素晴らしい特殊な才能だと思う。
この記者会見はクローズドで、TVやネットでの生中継などはなかったので、その後のYouTubeでの新MV公開も、結局世界初となった。
えー、前置きはこのくらいにして。
【ストーリーはどうなっているのか】
単純に考えれば、無名の新聞記者の女性がディラキュラ伯爵にインタビューに行き、彼の屋敷でいろいろあって、結局帰る、みたいなお話ではあるのだが。
最後に彼女が自動車の中で新聞を手に取るのだが、そこにはすでに彼女が書いたと思われるインタビュー記事の見出しが載っている。
ちょっと時間が錯綜しているようだ。
なので、いくつかパターンを考えてみた。
「1」
ディラキュラ伯爵が最後に振り向いて牙を剥くまでが、インタビュー当日の出来事。
彼女が自動車の中ではっと気がついてからが、インタビュー記事が新聞に掲載された別の日。
「2」
彼女が白いロールス・ロイスに乗り込んで窓を見ているところまでが2度目の訪問。彼女はインタビュー記事が掲載されたあとに屋敷を訪問しようとしている。
そのあとロールス・ロイスが屋敷の敷地内に入ってから、1度目の訪問の場面が始まる。
この過去時間は、彼女がインタビューの途中で手を血だらけにして白目を剥くまで続く。
彼女が気がつき、白いドレスを着て伯爵のディナーの席に座っている場面から、時間は2度目の訪問に戻る。
最後の自動車の場面は、2度目の訪問から帰っていく彼女の様子。
「3」
彼女が白いロールス・ロイスに乗ってから、ディラキュラ伯爵が彼女の肩を掴み、彼女が天井を見上げるまでが、彼女の2度目の訪問時間。
彼女がハッと気がついてインタビューの場面になるのが、時間をさかのぼって1度目に屋敷を訪れた過去の出来事になる。
彼女がハッと気がつくと伯爵のディナーの席、という場面から、2度目の訪問の時間に戻る。
それ以降は、彼女が最後に車の中で記事を見る場面まで、ずっと2度目の訪問の出来事。
「2」と「3」は、「過去の時間」が「2度目の訪問の現在時間」にサンドイッチされている状態。
「4」
そして、また別の可能性として、実はディラキュラ伯爵は存在せず、自動車に乗っている最初と最後以外は全部、彼女が自動車の中で眠った時に見た夢物語という、いわゆる「夢オチ」設定。
記事になった「DQ」という人物は実在するディマシュのことで、彼女は彼のインタビューを取ることに成功した以外はなんにもありませんでした、というお話になる。
この場合、最初と最後に彼女がなぜロールス・ロイスに乗っているのかは、わかりません🤣
最初はインタビューに向かう時で、最後は「新聞が発行されたらお屋敷に届けますね~」とでも約束したからお屋敷に向かってるのかな?とかね。
どれであっても、ストーリー自体にはさほど影響はなさそうだ。
個人的には「3」がいいな💖と思ってるので、「3」で話を進めることにする。
【ロールス・ロイス】
まず最初に、ロールス・ロイスについて。
《MVに登場した自動車のモデル》
自動車のモデルを特定できるかな?と、Wikipediaの該当ページで各年代のモデルの名前を見ていた時、名前と年代がなんとなくそれっぽいなあと思って「シルヴァーシャドウⅡ(1977年 – 1983年)」の画像を検索したら、大当たりだった。
マイケル・ジャクソンのMV『スリラー』が公開されたのが、1983年12月だったからだ。
もーディマシュ、分かりやすいなあもう(笑)
★YouTube動画:
『ROLLS-ROYCE SILVER SHADOWⅡロールスロイス シルバーシャドウ2(シーザートレーディング)』by caesar2200a 2019/10/14
《ロールス・ロイスのマスコット像》
またMVの最初あたりで、自動車が屋敷のエントランスのロータリーを回る時に、ロールス・ロイスの公式マスコット像「フライング・レディ」こと「スピリット・オブ・エクスタシー(The spirit of Ecstasy )」が映る。
1910年頃のこと、自動車雑誌の編集者だったモンタギュー男爵は、自分が所有するロールス・ロイス「シルバーゴースト」にふさわしいマスコットを取り付けたいと思い、友人の彫刻家チャールズ・ロビンソン・サイクスに制作を依頼した。
彫刻家は、以前制作した「シルバー・ファンシー」という作品をもとにしてこの像を作ったのだが、モデルはモンタギュー男爵の秘書、しかし一説には男爵の愛人だったと言われるエレノア・ソーントンという女性だった。
また、彫像の背後の翼のように見える部分は、実は翼ではなくて、彼女が着ているローブが風になびいている様子なのだとか。
出来上がった作品は「スピリット・オブ・エクスタシー」と名付けられ、1911年頃にロールス・ロイスの正式なマスコットになったという。
男爵とエレノアのストーリーは、悲恋に終わる。
4年後の第一次世界大戦中、ふたりが乗り込んだインド行きの船にドイツのUボートの魚雷が命中し、船は沈没。
ふたりは抱き合って海に落ち、男爵は生き延びたものの、エレノアは帰らぬ人となったという。
また今回調べていて知ったのだが、このマスコット像には、誰かが盗もうとして触ると、瞬時にボンネットの中に格納されるという機能がついているそうだ。すごいなあ。
【オペラ『ラクメ』より「花の二重唱」】
MVでは、歌が始まるまではオペラ『ラクメ』の「花の二重唱」が歌われているそうだ。
以下の動画で、MVで使われたと思われる古いレコード盤の音を聴くことが出来る。
ちなみにこの情報は、新MV発表直後、ありがたいことに複数の博識なdearsによって判明した。
クラシックの分野に疎いファン(私も含む)は、ディマシュがドミンゴといっしょに歌った、オペラ『真珠採り』からのデュエット曲をつい最近聞いたばかりだったから、みーんなディマシュが歌ってるもんだと思っていたのだ😂
★YouTube動画:
『Duo des fleurs. Lakmé, Léo Delibes (old recording, c. 1915)』
By kukka karēkica 2022/04/29
「マリア・アレクサンドロヴナ・ミハイロワ(1864~1943年)(ソプラノ、ラクメ役)と、アントニーナ・イワノヴナ・パニーナ(1870~1941年)(メゾソプラノ、マリカ役)、オーケストラとともに、1915年頃。」
概要欄より
歌の内容は、主人公であるバラモンの娘ラクメが侍女マリカと一緒に船に乗り、「目にも美しく香りも高く、人々を魅了する花々が咲く場所へと向かおう」とふたりで歌う。
「でも、突然よくわからない恐怖が私を捕らえる」
と、途中でラクメが歌う。
歌詞の内容は、このMVの冒頭部分の状況描写のような感じだ。
オペラの物語は、その後ラクメの恋人となる男が現れ、悲恋で終わる。
ラクメ – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%A1
【MVストーリー解説A:「彼女」の視点の物語】
《彼女の目的》
実は、ロールス・ロイスのマスコット像の説明文には、このMVのほとんどの要素が出て来ていた。
「ジャーナリスト(マスコミ関係者)」「男爵(伯爵は私が勝手にそう呼んでるだけ)」「ファンシー」「エクスタシー」「悲恋」、そして「愛人」。
もしもあの「名も無いジャーナリストの女性」が伯爵の屋敷を1度ならず2度も訪れたのなら、その目的は何なのか。
そりゃーもう、ディラキュラ伯爵の「愛人」になりに来たわけだ。
彼女はエントランスの机の上にあったキャンドルを手にすると、ピアノの音のする方へ向かい、歌っている伯爵を発見する。
(伯爵、ご自分の得意技で彼女を歓迎しているつもり)
彼女は何らかの理由で自動的にピアノの前に移動し、うしろに滑ってきた椅子にむりやり腰掛けさせられる。
(伯爵、よく来たね、そこに座りなさいと、かなり親切にしているつもり)
伯爵が瞬間移動しながら徐々に彼女に近づき、背後から彼女の両肩に両手を置くと、彼女の頬に右手を這わせる。
いくら伯爵が謎の人物でドラキュラだからって、初対面でそれ、する??
てのが、この場面が彼女の2度目の訪問だという判断材料だ。
すっごく薄い根拠だけどね(笑)
彼女の怯え方も、世間的には「謎めいた人物」でしかない彼の本当の正体を、すでに知っているからなのかもしれない。
《伯爵のマジック》
そのあと、伯爵にインタビューをしている場面が、彼女が1度目に屋敷を訪れた時の出来事となる。
彼女は伯爵の話を聞いている途中、ノートに鉛筆でグルグルと乱暴に円を描き始め、しまいには鉛筆を折って手を血だらけにしてしまった。
彼女はこの時すでに、謎の伯爵に否応なく惹きつけられていたのだろう。
もちろん我々は、伯爵が爪のひと振りでキャンドルの炎を消し、瞬間移動しているのを見ているので、彼が彼女に何らかのマジックを使っただろうと思っている。
彼女がはっと気がつくと、そこはディラキュラ伯爵のディナーの席。
ここから再び2度目の訪問の時間に戻る。
彼女は真っ白い薄手のドレスを着ている。
真っ白いドレスは、無垢な乙女である「花嫁」のメタファーだ。あなたの色に染まります、という意味でもある。
伯爵の背後から出て来た6人のヴァンパイアの女性たちは、黒いドレス。それは喪服でもあるが、すでに特定の色に染まっているという意味でもある。まあ、ディラキュラ伯爵のスタッフみたいなもんだよね。
白いドレスの彼女は、まだ迷っているらしい。
そりゃそうだ、彼の愛人になるってことは、人間ではなくなるってことだものね。
ホラー映画でよく見かけるような不気味な執事が、皆の様子を、特に彼女の様子を見ている。
伯爵が食卓の席で、彼女に向かって「when I’ve got you」と、曲のタイトルを訴えかける。
プレ・コーラス2、フレーズの最後に2音でトップノートに上がるランの箇所だ。
そのとたん、彼女は赤い水の中に落ちた。
このあたりから、抽象的な「光る枠」が画面に出現する。
これは歌詞の中の「天国へのゲートウェイ」をあらわしているのかもしれない。(詳しくは『後編』で解説)
彼女はしかし、水面に浮き上がると、何かから逃げるように真っ赤なプールを泳いでいく。
映画や音楽のイメージビデオなどで、「水の中」は「集合的無意識」をあらわすことが多い。
また、陸上生物である人間にとっては、「水の中」は原始的な恐怖の対照でもある。
ここでは、水が赤い色をしていることから、「吸血鬼の集合的無意識」をあらわしているようだ。
彼女は伯爵の「マジック」にかかり、彼と同種の生き物の「無意識の領域」に落ちた。
だがその領域は、彼女にとっては依然として「恐怖の対象」でもある。
まだ彼女の心は決まらない。
彼女は伯爵の領域からだけでなく、「エクスタシー」を求める自分からも逃げているのだ。
彼女は客室に走り込み(屋敷の部屋の配置を把握しているようだ)、その部屋の天蓋付きベッドに横たわって、混乱したまま眠る。
彼女の心の中に、彼女の願望が浮かび上がる。
彼女は伯爵を誘惑したい、そして自分のものにしたい。
それはヴァンパイアだけが持つ「欲望」ではない。
人間も同様に、自分の体が反応する相手を「欲望」する。
眠りの中で、彼女は自分の本心を見る。
赤い枠の中で、伯爵を誘惑するように踊る彼女。
眠りから目覚め、意を決した彼女は、毅然とした顔をして、ディラキュラ伯爵が待つ暖炉の部屋へと向かう。
伯爵は、彼女を待っていた。
互いに「エクスタシー」を求め、互いに相手の「捕食者」となる2人。
彼女がディラキュラ伯爵の花嫁になる決心をしたその理由は、インタビューの時、彼が彼女に自分の本心を打ち明けたからだ。
「俺はこちら側で孤独を感じている」
女は、一見強そうな男の孤独に弱い。
それを密かに打ち明けられると、自分なら彼の天使になれるかもしれない、と思ってしまう。
彼女は、MVの前半では気迫で伯爵に押されていたが、今ではもう、対等な気迫で彼と向き合っている。
彼女は伯爵に背後から抱きしめられ、首筋に彼の息を感じ、目を閉じる。
《彼女の物語の結末》
だが。
彼女がふと目を開け、鏡を見ると、背後には誰もいなかった。
驚いて振り向く彼女は、赤い窓際で背中を見せてたたずむ伯爵を見る。
一瞬暗くなり、次の雷光の中、伯爵は振り向いて目を剥き、牙を剥いて、彼女に吠えた。
「帰れ!」
自動車の中ではっと目を覚ました彼女は、窓の外を見、自分のそばにあった新聞を手に取る。
「Discover the Mistery Behind the Curtain DQ」
(カーテンの背後に隠されたDQの謎に迫る)
「First ever interview with unknown journalist!」
(無名ジャーナリストとの初インタビュー!)
迎えに来た時と同じロールス・ロイスに乗り、帰路についた彼女は、自分が書いたその記事を見ながら溜息をつくと、再び窓の外を見た。
**********
彼女の側の物語はこんな感じだ。
では、ディラキュラ伯爵の方の物語とは何なのか。
その前に、「音楽」の方を見て行くことにする。
なぜなら「音楽」は、伯爵の心理描写と非常に密接に、ビックリするくらい密接に絡んでいるからだ。
そして今回の曲は、ディマシュの歌だけでなくサウンド面でも「聴き所」がたくさんあった。
以下、MVとはアウトロが違う「音楽のみのバージョン」を聴いていただこう。
★音楽のみのYouTube動画:『When I’ve Got You』
By Dimash Qudaibergen(公式) 2024/02/25
「Provided to YouTube by The state51 Conspiracy. Auto-generated by YouTube.」
【エレキギター】
とにかく、ギターソロが素晴らしい。
素晴らし過ぎる。
もう、うっとり聴き入ってしまった。
一見、普通の素晴らしいギターソロに聴こえるが、それが全然、普通じゃない。
いくつか特徴を上げるとすると、弾き過ぎない、でも遠慮しない、速弾きが適度、ビブラートをほとんどかけない、歌と対等の存在感がある、メンタリティが子供っぽくない、ギターだけでも一本立ちできる音。
とにかく、もーのすごーく加減が良いのだ。
マジでビックリした、こんな逸材がいたとは。
いくつか、非常にビックリしたサウンドの箇所を上げていく。
《ギターソロの1:変則の音》
(ブリッジのギターソロ)
★YouTube動画:
『Dimash Qudaibergen – “When I’ve got you” OFFICIAL MV』
by Dimash Qudaibergen(公式) 2024/02/26に公開済み
(該当場面を頭出し)
(曲の調=キーは、変イ長調=A♭メジャー)
コーラス2が終わったあとのブリッジ(間奏)でギターソロが始まる。
最初に低音でこの曲のリフが演奏され、香港ライブと同じかと思いきや、ソロの最初のフレーズで、「変則」を嚙まされた。
動画の 4:54ごろ、彼女が赤い枠の中で正面を向いて左手を腰に、右手を頭に当てて、セクシーに誘っているようなポーズの瞬間。
『ド・・、↗ レ♭~、↗ ミ♭ ↘ レ♭ ↘ ドー ↘ ラ♭ ↗ シ♭~』
このフレーズの最初の「レ♭」。
これが非常に効果的な音なのだ。
普通だったら、「レ♭」じゃなくて「ミ♭」に上がるはずだ。
『ド・・、ミ♭~、ファ ミ♭ ドー~ ラ♭ シ♭~』
ギターソロの定型ならこうなるのに、あの箇所が「レ♭」なので、聴いてるこっちは「えっ!?」となった。
この「レ♭」の音の次の「ミ♭」の時に、一瞬ハーモニックスみたいな高い倍音が出てるのも、凄くカッコいい。
そして、このギタリスト、フツーじゃないなと思った。
《ギターソロの2:減速する下降スライド》
さらに次の、5:02ごろ。
(「ギターソロの1」の公式YouTube動画を参照)
ディラキュラ伯爵がゴブレットを持っている横顔のシーン。
『ド ↗ ミ♭ ↘ ド ↗ ミ♭ ↗ ファ、↗ ラ♭ ↘~~~』
というフレーズをギターが弾くのだが、最後の「ラ♭」を下降スライドさせる時、最後あたりでなんと「減速」するのだ。
タラララララ…ラ……ラ………、みたいに。
これも、普通じゃない。
普通は減速なんかしない。
ギタリストはたいてい、指や腕の動きに抵抗せず弾くのが、まあ普通だからだ。
ギター教室や動画などでは、減速すると滑らかではないとしてバッテンがつく可能性すらある。
だがこのギタリストは、わざと減速させている。
何も考えずに気持ちよーく弾けるはずの下降スライドを、意識して故意に減速させるには、相当な胆力が必要じゃないかと思う。
この減速する音が、もう超絶カッコいい。
ディマシュもこれと同じことをやっているのを聴いたことがある。
2023年アルメニアでのコンサートで、アルメニア民謡"I’ll Die for the Wind of the Mountains"を歌った時にディマシュが使った歌唱法だ。
ディマシュは歌詞を歌ったあとのメリズマ(ヴォカリーズ)で何回かそれをやっていたが、特に最後のロングトーンのビブラート、これを徐々に減速させて幅を広げていき、ドップラー効果を使って徐々にズーム・アウトしていくような状態を、声で作り出していた。
ディマシュはひざまずいてあの減速メリズマを歌い切ったあと、飛び上がってその場所から離脱するようにして歌を終えた。あの異常な集中と胆力を要する減速ビブラートから自分を解き放つには、そうするしかないほど大変な歌唱法だったのだろうと思う。
エレキギターの話に戻るが、このギターソロの「減速下降スライド」でも「えっ!?」となった。
ギターソロの締めも、適度な速弾きと綺麗なサスティーンで、聴いてるこっちはもう大満足。
そしてやっぱこのギタリスト、フツーじゃないなと思った。
《楽曲内、ギターの最後のフレーズ》
そして 6:03ごろ。
(「ギターソロの1」の公式YouTube動画を参照)
コーラス3、ディマシュのすんごい早口英語のあとの、ギターのフレーズ。
ディラキュラ伯爵が最後に天蓋付きベッドに座って歌っている場面から、鏡を見た彼女が慌てて振り向くまでの間に、ギターが非常に抒情的なフレーズを弾く。
『ラ♭ ↘ ド レ♭ ↗ ラ♭~、↗ シ♭ ↘ ソ~……』
(その後、とぅるるる~と下降グリッサンド)
最後の「ソ (G)」の音は、この調の主音(トニック)である「ラ♭(A♭)」から半音下の音。
あと半音で解決する(主音に行きつく)のに、解決の手前で終わってしまった、という音だ。
これはつまり、物語の結末である「彼は彼女を吸血鬼にすることなく、その手前で帰してしまった」のと同じ構造になっている。
もーのすごくエモーショナルで、感動的で、とてもせつない音なのだ、あの「ソ (G) 」は。
《ギターソロの3:もうひとつの「ソ」》
そして、このせつない音は、ブリッジのギターソロの時にもあった。
5:14、ゴブレットを持って座っている伯爵の背後に彼女が来て、彼の肩に手を置こうとした、その瞬間。
(「ギターソロの1」の公式YouTube動画を参照)
同じ「ソ (G) 」で、ちょっと長いサスティーンがある。
ここもやはり、あと半音上がれば解決するのに上がらなかった。
そのあとは速弾き特有のフレーズが何回か来て、最後に高音のキィーンという音でこのギターソロは終わる。
MVに見入っているとなかなか気がつかないが、これも物語に沿った音なので、とても切ない。
どっちの音も、もうね、MVを見ながら胸を鷲掴みにされましたハイ。
【ギタリストについて】
《歌うギタリスト》
ギタリストは、Abik Jeksen。アビック・ジェクセンと読むのかな?
カザフスタン出身で、現在NY在住のシンガー&ギタリストらしいのだが、詳しい経歴などは全く分からない。
私はこのギターソロを聴いている時、このギタリスト氏は、音楽を作り出す時の方法論というか方向性が、ディマシュに似ているなと思った。
音楽の持つ感覚的な快楽から少し覚醒していて、そのために哲学性や精神性が音に加わっているように聴こえ、そこがディマシュと似ているような気がするのだ。
そして私個人は、「音楽の快楽から少し覚醒している」がゆえに、ディマシュの音楽を信頼していると言ってもいい。
また、このギタリスト氏は「歌を歌うシンガー」だということも重要だ。
彼のYouTubeチャンネルで色々聞いてみたが、なんとなくボビー・コールドウェルを太い声にして、小田和正の見た目と雰囲気を足したような感じだなと思った。
全体的に、ハードロックではなく、AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)かな、と。
そうしたらFacebookのリールに、その「ミスターAOR」と称されるボビー・コールドウェルの代表作『風のシルエット(What You Won’t Do For Love)』を実際にカバーして投稿していらっしゃった。
(リールなので、ここに埋め込みはできなかった……)
彼のギターがテクニックに溺れず、弾き過ぎず、弾かなさ過ぎずでちょうどいいのは、彼がシンガーだからだろうと思う。
ヌーノ・ベッテンコートというポルトガル系アメリカ人で、米のロックバンド「エクストリーム」の超達人ギタリストが、YouTubeの有名なロック系音楽チャンネル『Rick Beato』で最近受けたインタビューの中で、こう語っていた。
「歌モノの"ギターソロ"には2種類ある。ギター・オリンピックみたいなテクニックを見せつけるやりかたと、メロディで記憶に残る"ソング・ウィズイン・ザ・ソング"を弾くやりかただ。
メロディで記憶に残ること、感情がそこにあり、ガイドしてくれて、話しかけてくれて、どこに行くかを教えてくれる。
そして、それが一番難しい。(要約)」
Abik Jeksenがこの新MVで弾いたギターソロは、ヌーノが言う2番目の"ソング・ウィズイン・ザ・ソング"だ。
頭の中で再現できて、口真似でも歌える美しいメロディ。
メロディ自体はもしかしたらディマシュが作ったのかもしれないが、ディマシュが歌に込める感情と同じくらい強い感情で、Abik Jeksen氏は弾いている。
それが聴いていてとても気持ち良い。
(追記:4月21日付の「dknews.kz」の記事にドミトロ氏のインタビューが掲載され、その中で「僕らはギターのソロ・パートを書かなかったが、Jeksenは(中略)素晴らしい演奏をしてくれた」と語っていた。
https://dknews.kz/ru/eksklyuziv-dk/324181-dimash-kudaybergen-i-dmitro-gordon-internacionalnyy?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTAAAR1LdmXc1UDfYT28SZ3iG51utrj1wy0GTTwbNQGIhQ1UNssZKhB1_kVOUqs_aem_AeNWFOb6VebECWbqwtKmdXdqnoyeuEGThzwzsh1YDdNE4KLGuBbT1ANhLKpb9BrsySXlPz5OkfYpXzrPSCubaVsh)
また、Jeksen氏は自分のレコード会社「Jeksen Records」を持っていて、そちらの方のインスタグラムにディマシュとのコラボについて投稿していた。
★jeksenrecordsのIG 2月27日付
(下の投稿文のカザフ語)『あなたの作品に参加できて嬉しかったです!』
「自分で全部やる系」なのも、ディマシュと似ている。
というか、カザフスタンから出てワールドワイドにやっていくには、今のところそれ以外に方法が無いのかもしれないが。
《エレキギターの種類》
また、このギタリスト氏のギターは、途中でトレモロアームが使われたので、ストラトキャスターだと思う。
トレモロアームの場所は、5:11ごろ、ゴブレットを持って座っているディマシュの背中にカメラが徐々に近づいていくシーンの最後あたり。
すごーくうっすらとしたトレモロなので、音量を上げてよく聴いてね。
(公式動画、該当箇所を頭出し)
そしてストラトキャスターは、ディマシュの弟マンスール君と同じ種類のギターだ。
香港ライブの時の1st ギタリストのギターは、レスポールだった。
2種類のギターの音を比較すると……
・レスポールのサスティーンは、包丁でお魚の切り身を刺身にする感じ。
・ストラトキャスターのサスティーンは、アートナイフで紙をスーッと切り裂く感じ。
例え方が変で、むしろわかんないか😅
音の線が、レスポールよりストラトの方が細くて鋭利な感じだ。
なので、香港ライブの時にはブルージーで泥臭い印象があったが、MVの音はもっとリリカルなハードロック寄りというか。
個人的には、この曲の一番の聴き所があの「ギターソロ」だと思うので、香港ライブではそれを秘密にするために、ギターソロの箇所で故意にリフを繰り返すだけにとどめたのではないかと思っている。
【ピアノのような、効果音のような】
サウンドの聴き所はもうひとつあって、これも非常に重要な音だ。
おそらくピアノの音だろうと思うのだが、これが3回鳴る。
どれもコーラスの4行目の歌詞、「You are the best thing to happen.」の「best」の直前に、非常に澄んだ高い音で鳴る「シャララン★」みたいな、効果音のような、ピアノの音のような、キラッキラした音。
これがもう、とんでもなくファンタジックで、しかも「可憐」な印象のサウンドなのだ。
この音を聴いた時、真っ先に思い出したのが「フェアライト」(Fairlight CMI)という、1980年代に流行った、デジタルオーディオ・ワークステーション型のシンセサイザーの音だった。
当時1台が1200万円もしたというのに、スタジオ録音が好きなミュージシャンたちがこぞって買って使っていた。
このシンセサイザーで作った「オーケストラヒット」という効果音が、非常に有名だ。
もとになったのは、ストラビンスキー作曲『火の鳥』の中の18番目「魔王カスチェイの凶悪な踊り」の冒頭に鳴らされる、フォルティッシモ×3(∫∫∫)の「ジャン!」という音だそうだ。
★YouTube動画:『How the Fairlight CMI changed the course of music』
By The Sydney Morning Herald and The Age 2022/08/25
(ストラビンスキー自身が指揮する『火の鳥』の「オーケストラヒット」の場面を頭出し)
(フェアライトの「ジャン!」は、この動画の12:14以降に鳴らされる)
でなければ、ビートルズの『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』という曲の最後のコードの、非常に有名な「ジャン!」という音か。
ジョンとリンゴとマネージャーの3人が、3台のピアノで「Eメジャー(ミ、ソ♯、シ)」を同時に鳴らし、それを3回オーバー・ダビングして作ったサウンドだ。
★YouTube動画:『A Day In The Life』by The Beatles(公式) 2018/09/14
(その音のちょっと前から頭出し)
今聞いたら、そうでもないかな?😅
ともかく。
昔これらの音を聴いた時に感じた、あの摩訶不思議な高揚する感覚と同じような音が、この曲のこの3カ所で鳴ってるじゃないか!と驚いた。
実際には「Piano: Dmytro Gordon」とわざわざクレジットされていることから、ゴードン氏がピアノで弾いた上昇グリッサンドだと思うけどね。
以前NOTEに投稿した記事『When I’ve Got You 香港ライブ版・妄想感想』で、ディマシュは歌詞の中の「happen」を「ハッッップン」と発音していて、私はこれを「おまえ」という「天使の降臨」の瞬間の音だと書いた。
新MVの正式レコーディング版では、このフェアライトの効果音のような不思議なキラッキラした音が、「天使の降臨」の瞬間のように聴こえる。
それはまるで、アニメの中で魔法使いが杖を一振りした時に画面に現れる「流れ星のしっぽのような虹色の魔法の光」を音であらわしたようで、とても可憐で愛らしい音だ。
【さらにピアノ、不協和音なのに甘い音】
また、コーラス1になると、ピアノがボーカルの音の半音上を弾いている時がある。
コーラス1でディマシュが歌う"my love"の最初の「ド」に対して、ピアノがその半音上の「レ♭」を一番上にした和音を弾いている。
この「ド」と「レ♭」の2音の音階は「短2度」というのだが、これは本来なら不協和音だ。
なのにその瞬間、サウンドがなぜかとても甘くて可愛らしく聴こえるのだ。
なんだかピアノがボーカルに寄りかかって甘えているような雰囲気のように。
または「僕のベイビー」って歌ってるわけだから、ボーカルがピアノに抱きついてすがりついている状態と言ってもいいかもしれない。
その後、コーラス2では、ボーカルは小さいランで「ド」の次に一瞬だけ「レ♭」に上がる。
さらにコーラス3では、最初から「レ♭」で始まっている。
なので、コーラス1の「短2度」は、あとの2つの予告編のような感じになっている。
3回あるコーラス部分の、最初のコーラス1でだけはっきり聴こえる「短2度」の印象が、そのあとに鳴る「シャララン★、魔法使いのマジックの効果音」と相まって、他の部分のヘヴィーさを一瞬だけ消し去ってしまい、この曲を「実はとっても甘いラブソング」にしている。
【アレンジャー】
《ドミトロ・ゴードン氏》
今回のアレンジャーは、いつものエルラン・ベクチュリン氏ではなく、ピアノでもクレジットされていたドミトロ・ゴードン氏だった。
ゴードン氏はこの曲でピアノとアレンジだけでなく、歌詞、音楽プロデュース、オーケストラ編曲(デジタルを含む)と、八面六臂の大活躍だ。
ドミトロ氏については、ついさきほど(3月6日)、情報が手に入った。
チェコのプラハ生まれでウクライナ育ち、6才でピアノを、14才で作曲を始め、16才でアメリカのバークレー音楽大学に入学、映画音楽とクラシックを2重に専攻し、ゲーム音楽を副専攻して、4年後に首席で卒業したという音楽の天才だ。ディマシュと同類だったとは……🤣
BIO | Dmytro Gordon https://dmytrogordon.com/bio/
《レコーディング・バージョンのサウンド》
この曲は、香港ライブの時にはアメリカン・ブルース+ゴスペルのような雰囲気だったが、今回のレコーディング版の雰囲気は、MVの物語に合わせたのか(時系列では音楽の録音が先だが)、スラブ系?東欧系?のゴシック・ロック+ゴスペル、みたいな感じかな?
ドラムスとベースがものすごく重い低音を鳴らしていて、そのため、ゴシック・ロックよりも、もっと言えばヘヴィメタルよりも、さらにヘヴィなサウンドに聴こえる。
そして全体的に、すんごくゴージャスだ。
そのゴージャスさを作っているのは、ディマシュの歌唱と曲の雰囲気、それに、バックのサウンドが過去の音楽の歴史を網羅しているかのような印象にある。
ブルース、ゴスペル、ソウル、R&B、70年代ハードロック、ヘヴィメタル、90年代グランジもちょっとあり、ゴシック・ロックもあり、映画音楽的でもあり、クラシックを隠し味にして、他にもなんかありそう、ゴードン氏の経歴からゲーム音楽か? そして王道ポップス。
この「全部入り」感。
異常に豪華な「幕の内弁当」だ(笑)
なので、どの年代のリスナーにとっても、ジャンル的に理解できるだろうと思う。
( MJの『スリラー』ももちろん入ってるけれど、それはもはや「言わずもがな」なので省略 )
また、ポップで分かり易いんだけど、"粗いヤスリで荒っぽく削りました"みたいなザラついた音も聴こえる。ドラムスか何かにディストーションがかかってるのか? YouTubeの音質が悪い可能性もあるけど🤣
そのヘヴィなザラつき感が、全体的にゴージャスな音なのにワイルドな印象になり、それがディマシュの今回の歌唱と呼応していて、ワンパターンな言い方だけど、凄くカッコいい。
【歌のオケと、ディレクターまたは音楽プロデューサー】
えーと、これを言っていいのかわかんないんだけど、そう思ったのは事実なので、思い切って言っちゃうね。
ディマシュと同じくカザフスタン出身で古くからの親友であるディレクター、エルラン・ベクチュリン氏の作るサウンド(歌のオケ、backing track)は、基本、「イージーリスニング」だ。
若い頃のディマシュのソプラノに良く似合う、美しくて聴き易くて、破綻が無い音、というか。
しかしそれは、最近のディマシュの深くて野太くなってきた低音の声質と、ヘヴィなディストーション・ボイスを加えるようになった歌唱とは、世界が違って来てはいないだろうかと、最近ちょっと気になっていた。
今回のゴードン氏のゴージャスでワイルドでヘヴィで、何でもありで、そして時々、甘いサウンドのオケが、ディマシュに新しい風をもたらしてくれれば良いと思っている。
個人的には、ディマシュの曲は、1曲ごとに音楽プロデューサーも、ディレクターも、アレンジャーも、エンジニアも、「全取っ換え」した方がいいんじゃないかという気がする。
彼のあの多彩な歌唱法に対して、バックのサウンドにも多彩さや意外性や破綻した変さ、彼の声質と音が被らなければという条件付きで「合わなさ」でさえ、対立項としてむしろあってもいいと思う。
ディマシュの歌唱は、それでも充分に成り立つほどの存在感があるはずだし、バックのサウンドがユニークでピーキーであればあるほど活きる可能性があるんじゃないかと思うのだ。
だってディマシュ自身が、意外性だらけで、変で、多彩で、ユニークで、ピーキーなんだもの。
ディマシュのそれが全部可愛いと、私は思ってるのだけどね💖
(『前編』終了)
(『(後編)MV版『When I’ve Got You』by ディマシュ/感想+妄想考察』に続く→
https://yoko-tzm-blog.com/%ef%bc%88%e5%be%8c%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bd%8d%ef%bd%96%e7%89%88%e3%80%8ewhen-ive-got-you%e3%80%8fby-%e3%83%87%e3%82%a3%e3%83%9e%e3%82%b7%e3%83%a5%ef%bc%8f%e6%84%9f%e6%83%b3%ef%bc%8b%e5%a6%84/ )
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