音楽プロデューサー、ドミトロ・ゴードン氏インタビュー①
国際通信社「DK News」記事 4月20日 08:45
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注意書き:
・これは2024年4月20日、国際通信社「DK News」に掲載された、音楽プロデューサー、ドミトロ・ゴードン氏のインタビューで、今年(2024年)2月に発表されたディマシュの作品『When I’ve Got You』の制作秘話です。
・記事の自動翻訳などを参考に、読みやすい日本語に翻訳し直しました。
・各章の「見出し」は、「目次」のために内容を考慮して独自に作成したものです。
・これは「ディマシュ・ジャパンFC」専用記事です。
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YouTube動画:
『Dimash Qudaibergen – “When I’ve got you” OFFICIAL MV』(公式)
はじめに
カザフスタン共和国の人民芸術家、ディマシュ・クダイベルゲンの最新の作品、『When I’ve Got You』は、その一風変わったMVだけでなく、その根底に流れる多次元的な音楽トラックでも人々の注目を集めている。
ドミトロ・ゴードン氏は、この作品での作詞共著者であり、音楽共同プロデューサー、アレンジャー、オーケストレーター(*1)、ピアニストでもある。
「DKメディア・ヨーロッパ」は、この作品がどのようにして生まれたのか、また、アメリカ・カリフォルニア州のロサンゼルスで数ヶ月間ディマシュと二人三脚で、どのようにして曲を制作したのか、そういった経緯をドミトロ氏に聞いた。
(*1:オーケストレーターは「オーケストラ管弦楽編曲者」の意味)
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ディマシュとは? ドミトロとは?
ディマシュ:
彼は、カザフスタンの将来を担う若い世代のうちの、最も輝かしい代表者の一人である。
彼の創造性によって、異なる文化や国の間に架け橋が架けられていく様子を見るのは、非常に興味深い。
カザフスタンのヴォーカリストであり作曲家でもある彼は、彼自身と同じように他国の才能ある若者を惹きつけ、その斬新さで聴く者を驚かせる新しい音楽のキャンバスを創り上げている。
ドミトロ・ゴードン:
彼は、アメリカを拠点に活動する、才能あふれる若きウクライナ人作曲家であり、オーケストレーター、アレンジャーである。
キエフ生まれのドミトロは、15歳の時、ウクライナのTV番組でピアノ曲を発表し、全国デビューを果たした。
また世界的に有名な米国ボストンのバークリー音楽大学で、史上最年少の学生の1人となる。
2016年からは、アメリカの著名なプロデューサーでありグラミー賞受賞者でもあるウォルター・アファナシエフの「Wally World社」で首席オーケストレーターを務め、バーブラ・ストライサンド、ニール・ダイアモンド、ケニー・G、ジェレミー・レナーなど、世界的に有名なアーティストのアレンジ、オーケストレーション、音楽制作を手掛けている。
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ドミトロの音楽的キャリアと、ディマシュとの出会い
ドミトロ・ゴードンは、
・『ウルグベク:宇宙の秘密を解き明かした男』
(イスキア国際映画祭受賞、ヴェネチア国際映画祭KINEO賞受賞)
・『バック・ホーム』(LEO賞2部門受賞)、
・『動物の目から見た戦争』ショーン・ペン主演のアンソロジー映画
(2024年カンヌ国際映画祭と、ヴェネチア国際映画祭で上映)
これらのヒット映画や、ドキュメンタリー映画の音楽を手がけている。
またドミトロは、ウクライナの権威ある音楽団体であるウクライナ国立作曲家ユニオンのメンバーとして認められた、最も若い音楽家の一人である。
ドミトロは2017年、当時まだ若く希望に満ちたヴォーカリストだったディマシュがロサンゼルスに滞在していた時に彼と出会い、2023年に『When I’ve Got You』を一緒に制作することになった。
「すべては、‟ブルース・スタイル“ の曲を作ろうというディマシュのアイデアから始まったんだ」
ドミトロは語り始めた。
すでにアメリカに滞在していたディマシュは、今がその時だと思ったのだろう、と彼は振り返る。
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楽曲制作の過程:全体像
「僕たちはウォルター・アファナシエフ(*2)のスタジオで会い、ディマシュが外出先で作っていたメロディーをピアノで弾き始めた。
彼は素晴らしい即興演奏家だよ!
彼のヴォーカル・パートの複雑さと、その構成の完全性に、僕は衝撃を受けた。
僕たちはメロディーをシンプルにしなければならなかったが、ディマシュは逆に、彼のトレードマークであるメリズマ(*3)を加えてくれた。
同じ日に僕はアレンジを始めた。
やや重苦しいピアノ、重厚なドラムス、ベース、エレキギターの音色を選んだ。
それからディマシュと僕は、フォーム(*4)、最終的なテンポ、バランス、エフェクト、その他の創造的かつ技術的なタスクの決定などの、組み立て作業を開始した。
最終的なヴォーカルは、ディマシュがカザフスタンに戻ってからリモートで行った。」
(*2:ウォルター・アファナシェフ(1958~)は、ロシア系アメリカ人の音楽プロデューサー。作曲者、キーボード・やシンセサイザー奏者、ドラム・プログラマーでもある。マライア・キャリーの作品のプロデュース、セリーヌ・ディオンの『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』のプロデュースなどで多数のグラミー賞を受賞している)
(*3:メリズマまたはメリスマ-melisma-は、古代ギリシャ語で「歌」をあらわし、歌詞の1音節に対して複数の音符を当てはめて装飾的に歌う技法。短い時間内で連続して音階を高速変化させること。マライア・キャリーが多用して有名。この曲ではコーラス部の「If I ever knew in my life」のknew や life などの歌い方を指している)
(*4:フォームとは、ヴァース/ブリッジ/コーラスなど…日本ではAメロ/Bメロ/サビなど…のブロックをその曲の中でどのように配置するかという「楽式」のこと)
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ブルースについて
作業が進むにつれて、ブルースだったこの曲はR&B、ジャズ、少しだけロック、といった他のスタイルからの影響で希釈され始めた。
ディマシュの作品をよく聴いている人なら、彼がさまざまな音楽スタイルをミックスして実験するのが好きだということをよくご存知だろう。
しかし、この若いウクライナの作曲家にとって、このような音楽にも興味があったのだろうか?
アフリカ系アメリカ人の間で広まった古典的な音楽であるブルースが、好きだったのだろうか?
「子供の頃、無意識のうちにアメリカ映画で聴いたのが最初だったと思う。
バークリーでは、音楽史における主要なジャンルとその役割を分析した。
そこでは、ロバート・ジョンソン(*5)からエリック・クラプトン(*6)まで、たくさんのブルースを経験したんだ」。
(*5:ロバート・ジョンソン(1911~1938)は、アメリカの伝説的なブルース歌手。彼の弾き語りによる旅は「クロスロード伝説」と呼ばれ、生涯に2回、合計29曲を録音し、27歳で亡くなった。)
(*6:エリック・クラプトン(1945~)は、イギリスのギタリスト/ミュージシャン/シンガー。ヤードバーズやクリームなどの伝説的なバンドで活躍し、1970年にソロに転向。グラミー賞18回、大英帝国勲章授与、バンドとソロで3回もロックの殿堂入りした唯一のミュージシャン。1977年発表のアルバム名から「スローハンド」のニックネームがある。代表曲『いとしのレイラ』『ティアーズ・イン・ヘブン』)
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ドミトロの哲学と、「音楽的カメレオン」
アレンジャーにとって何が挑戦だったのか、ドミトロはもう少し詳しく話してくれた。
「 ‟サウンドスケープ(音の風景)全体” の製作者としての僕の哲学は、最初の1音からリスナーが音楽に入り込み、完全に没入し、最後まで聴いて、何度も聴き直して新しいレイヤーを見つけたくなるほど興味を持ってもらうことなんだ。」
「ウォルター・アファナシエフのところでは、バーブラ・ストライサンド、ニール・ダイアモンドなど、伝統的なサウンドのアーティストを主に手がけた。
同時に、僕は映画のための音楽を書いてもいる。
僕は映画作曲家として、またクラシックの作曲家としての経歴もある。
それに加えてここ数年は、オーケストラや民族楽器、合成音やサウンドデザインを織り交ぜた『シネマティック・ポップ』というジャンルの曲も作り始めている。
これらのジャンルにはそれぞれスタイル上の境界線があり、特に何十年もシーンで活躍しているビッグ・アーティストには特にその境界線が強く存在する。
バーブラ・ストライサンドのために曲を作るとき、ただむやみに808ベース(*7)を入れるわけにはいかない。
そんなことをすると、アーティストにとっても観客にとっても異質なサウンドになってしまうからね。」
(*7:808ベースは、日本の電子楽器メーカー「ローランド」の有名なリズムマシン「TR-808」の、ヒップホップシーンでよく使用されている定番のベースサウンド)
「でも、時には僕も ‟クレイジー” で変わったものを求めることもあるんだよ!
ディマシュから彼の新曲(そのうちのひとつが 『When I’ve Got You』)のために、まったく新しいサウンドを見つける仕事を依頼された時、僕はこのコラボレーションを心から嬉しく思ったよ。
僕はいつも、ディマシュの音楽性や幅の広さ、スタイルの柔軟性に惹かれてきた。
後者に関しては、彼も僕も「音楽的カメレオン」同士がお互いを発見したようなものだよ。」
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制作過程・それぞれの具体的な段階
「アレンジ、オーケストレーション、そして創作プロセスにおいて、僕は完全に自由に想像することができた。
苦悩に満ちたピアノのリズム・セクション、重厚なシネマティック・ドラム、聖歌隊、オーケストラ、そしてハーモニカの音まで。
これは、文字通り ‟音色の竜巻“ で、スタイリッシュなアクション映画って感じだね。」
「僕はインストゥルメンタル・パート全体を担当し、ディマシュはバッキング・ボーカルのハーモニーを含む、全てのヴォーカル・デザインを担当した。」
「また、曲中にあるコーラスの録音など、一見些細なことの詳細を知るのも興味深かった。
ディマシュが ‟最高のヴォーカリスト“ だという評判を裏付けるサプライズが、僕たちを待っていたんだ。」
「ボーカリゼーション(注:母音のみの発声)を使ったコーラス・パートは、すべてディマシュ自身が書いたんだ。
レイヤーがめちゃくちゃ多いんだよ。
ボーカル・トラックは、14トラック(!)もある。
コーラス部のバックコーラスは、‟生命力” を与えるために僕の声もちょっと加えた ‟デジタルの断片” なんだ。
もしディマシュがバック・コーラスまで録音したら、メイン・ボーカルの邪魔になりすぎるからね。
それに、もし生の合唱を録音していたら、ボリュームがありすぎるように聴こえただろう。」
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ギターソロについて
同様に興味深いディテールは、印象的なギターソロの出現だ。
「アレンジを練るうちに、ディマシュと僕は、最後のコーラスの前にギター・ソロを入れるのが、このジャンルの最高の伝統だ、という結論に達したんだ。
ギターは曲の冒頭から自由に炸裂して、ボーカルの隙間をきちんと埋めているよね。
ディマシュは、カザフスタンに素晴らしいギタリストがいると教えてくれた。
ソロ・パートは僕たちが書いたものではないが、アビク・ジェクセン(*8)が、ヴァースのメロディとトラック全体を貫くリフを土台にして、完璧なソロを弾きこなしてくれたんだ。
同時に、彼自身のビジョンとブルース・ロックのキャラクターも加えてくれた。
結果は、それはもう『オイシイ』ってヤツだよ。」
(*8:アビク・ジェクセン-Abik Jeksen-は、カザフスタン出身で現在NY在住のシンガー&ギタリスト。自らのレコード会社「Jeksen Records」を持っている。)
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骨の折れる仕事が、いかに楽しかったか
ドミトロは、2023年の数カ月にわたって行われたこの骨の折れる仕事を、特別な温かさを持って覚えていると言う。
「僕たちは完全な相乗効果を発揮しながら仕事をしていたよ。
そのプロセスをじっくり楽しみながらね。
たいていは夕方から夜遅くまで作業していた。
その合間に、好きなアーティストや作曲家について語り合ったり、時には ‟ジャム”ったり(*9)もした。
僕がピアノを弾き、ディマシュが歌ったり、時にはドラムキットの前に座ったりもしていたね。
(*9:‟ジャム”とは、誰かが何かを即興で適当に演奏し始めたら、それに合わせて演奏すること。特定の曲を演奏する場合は、セッションという。)
「もちろん、ディマシュは音楽のターミネーターだ。
ヴォーカリスト、作曲家、楽器奏者、即興演奏家、すべてが1本のボトルの中に入っているんだ。最高だったよ!」
「ディマシュ自身も、創造性が彼に降りてくる瞬間の ‟無私” のプロセスについて、こんな風に雄弁に証言していたんだ。
『ロサンゼルスではもう深夜だが、インスピレーションは予定など気にしない。魂が歌っている瞬間を捉えて、間に合うように録音する必要がある』(*10)
(*10:これはディマシュが2023年4月22日にインスタに投稿した時の文章。この投稿の2枚目の写真の鏡に、アファナシェフ氏のスタジオのゴールドディスクなどで埋まった壁が映っている。)
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作詞家、キャンディス・ケリーについて
この曲の制作過程で、カザフスタンとウクライナの2人の若い男性に、若いアメリカ人女性が加わり、『When I’ve Got You』の制作は、真に国際的な若者たちのプロジェクトとなった。
ドミトロは語る。
「キャンディス・ケリーは素晴らしいソングライターだよ。
自ら作詞・作曲を手がけるので、歌詞とメロディーを結びつけるセンスに優れているんだ。
彼女は、ディマシュの既存の楽曲に歌詞をつけなければならなかった。
複雑なメロディーに対し、音節を崩すことなく音楽とアーティキュレーション(*11)を考慮し、同時にストーリーを語るような歌詞を書くのは簡単なことではない。
(*11:アーティキュレーション-Articulation-は、音と音のつながりの部分に強弱や表情などをつけるための音楽の演奏技法を言う。表現方法を指定した記号を言う場合もある。スラー、テヌート、スタッカート、など。)
しかし、キャンディスは素晴らしい仕事をしてくれたよ!
単語が多すぎたり、音韻的にマジックが起こっていないと思うセンテンスがあったので、彼女の詩を僕の好みに合わせて何カ所か変更してもらった。
ディマシュがこの変更を気に入ってくれたので、曲の構成要素(音楽と歌詞)の両方の準備が整ったことに気づいたんだ」
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曲と歌詞の「テーマ」
作詞の共同執筆者であるドミトロから、作詞者自身が曲の内容にどんな意味を込めたのかを聞き出すのは、興味深かった。
「曲のテーマは3人で話し合った。
メロディーはすでに存在していたので、いくつかの選択肢を検討した。
結果として僕たちは、主人公が最愛の人への、ありきたりではない、成熟した愛の告白というテーマに落ち着いたんだ。
‟彼” がいつも頼りにし、人生のどんな困難も受け入れる用意があり、いつでも喜んで家に帰りたいと思わせてくれるような ‟人” 。
このテーマは、僕たち全員の心に響いたんだ。
メロディ、一般的なスタイル、ディマシュのヴォーカルと完璧にマッチしていた。
たとえ曲と詩の作られた時期が違っていても、音楽が詩のテーマを完璧に伝えていて、その逆もまた真なり、でね。
まるで、芸術の魔法だよ!」
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あの「早口」の箇所について
YouTubeで多くの反動派(改革や革新に反対する派)が、その複雑さ、特にレチタティーヴォの部分(*12)のそれに衝撃を受けている英語のテキストを、ディマシュが丹念に練習しなければならなかったことは想像に難くない。
(*12:レチタティーヴォとは、話すように歌うこと。ここではこの曲のコーラス部に出てくる、あの「早口」の部分ことを言っている)
「キャンディスは自分の声でデモ・バージョンを作り、ディマシュはそれを聴いて発音の参考例を聴くことができた。
しかし、最終的なヴォーカルは彼が自分で録音していたね。
僕が知る限りでは、彼は家で意図的に発音の練習をしたようだ。
さらに、彼のアメリカ滞在は、全体的に彼にプラスの効果をもたらしたと思う。
ミュージシャンとして、ロサンゼルスに蔓延する ‟不毛な“ 英語の ‟純粋な発音” を、彼は聞くことができたからね。」
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曲の完成が明らかになる瞬間
完璧主義を好むディマシュの性格を知っている我々は、その作品が最終的に完成したことが、いったいいつ明らかになったのかと、彼に尋ねた。
「完璧主義という点では、僕たちはお互いがそれを持っていることを見つけていた。
ディマシュのファンの期待がなかったら、僕たちは曲をずっと改良させ続けていたと思う。
この曲を聴き直したいと思った時、作業が終わったことに気がついた。
そしてその時、聴くたびに(改良しようとして)しがみついていた何かは、もうなくなっていた。」
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MVリリース後の反響について
『When I’ve Got You』のビデオがYouTubeに投稿されてからわずか1週間で、この曲の再生回数は100万回を記録した。それから数週間後、この曲はYouTubeで200万回、Spotifyで60万回を突破した。
「メジャー・レーベルからのサポートがないことを考慮すると、これは特に10代以外のジャンルの音楽にとっては、かなり良い結果だよね。
僕は満足しているけど、いつももっと(聴かれて)欲しいと思ってるよ」
と、ミュージシャンは自分の意見を述べた。
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曲が出来上がる過程で、最も困難だったこと
最後に、この曲を作る段階で、最も困難で時間のかかったことは何かと、彼に尋ねた。
「制作(*13)それ自体に、最も時間と労力がかかったよ。」
(*13:この「制作」は、ロシア語→英語ではプロダクション-production=生産-となるが、日本の音楽業界ではこれを「ディレクション」と呼んでいる。作業の方向性を見極めて、作品が辿り着くべき未来に進むのを手助けすること)
「正しいサウンドを見つけられたのか? 正しいヴォーカル・テイクを選択できたのか?
全ては主観的なものだ。
だが、これらの決定が、その作品の可能性を100%発揮できるかどうか、そして人が何度も聴きたくなるかどうか、そのたびに新しい発見があるかどうかを決めるんだ。
そして自分が手がけた作品が、アーティストとその聴衆に喜んで楽しんでもらえたら、それは絶対的な成功だ。
『When I’ve Got You』が、何十年経っても変わらずに新鮮な気持ちで聴かれることを願っているよ!」
実際のところ、ディマシュが才能あるウクライナのミュージシャンや世界中の創造的な若者たちと協力して作り上げたこの ‟おいしい“ 「音楽カクテル」をもう一度聴くと、「ひとつの空の下」で、世界の未来がどこにあるのかがきっと明らかなるだろう。
テキスト:オルガ・テリコフ、DKメディア・ヨーロッパ
( Olga TERIKOV, DK Media Europe )
(終了)
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